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Success is 99 percent failure
Soichiro Honda (Japanese Honda Motor Company Founder, b.1906)
Kei Ishiyama
An interview by Chizuko Jaggard
(The interview is available only in Japanese)
Kei Ishiyama is a Japanese Artist, who specializes in Manga.
【今月は、日本とドイツで漫画創作活動をされ、1年前からイリノイ州中部にお住まいの石山ケイさんにインタビューいたします。
Chizuko Jaggard】
- CJ: 小学校1年の時だったと思います。社会の授業中に先生が幻燈を見せてくれました。所謂、スライドの前衛です。幼いながらも、
幻燈の視覚に訴える力の強さに感動しました。そして、歴史の授業を全部幻燈を使って教えてくれたら、とってもよく覚えられるのになぁ、
と本気で感じました。
先々週の土曜日、私の図書館に日本女性がやって来ました。彼女は、漫画版『日本の歴史』を借りていかれました。
「お子さんの勉強用に借りられるんですか?」とお伺いしたところ、「いえ、実は私が読みたくて。
(笑)このシリーズ、全部揃えたいです。」と仰られました。私も同感でして、2ヶ月ほど前、まさにその漫画『日本の昭和史』
をじっくり読んでいたのです。
日本の漫画の原点は、平安時代の鳥羽僧正の『鳥獣戯画』と、言われています。1000年以上も前から、日本人は絵に親しんできたのでしょう。
それが発展して、西洋画家にも影響を与えた浮世絵が江戸時代に生まれ、19世紀の漫画雑誌、戦後の手塚治虫を経て、現代の日本漫画が確立しました。
私は、日本人が象形文字(漢字)を使うという事実も日本人が無意識的に視覚で万物を捕らえ、脳にレジスターするように思えてなりません。それはともあれ、
日本には漫画が育つ素地があり、漫画が見事に開花できるエネルギーがあったのでしょう。
今日は、その漫画界で活躍されている石山ケイさんに直撃インタビューします。
- CJ: いつ頃から、漫画に親しみましたか?
- KI: 物心付く前からです。姉がいるので、姉が読む少女漫画雑誌を読んでいましたし、犬が好きなので、
犬が主人公の漫画を集めていました。
- CJ: その頃好きだった漫画作品及び漫画家についてお話ください。
- KI: 高橋よしひろ先生の『流れ星 銀牙』『白い戦士ヤマト』。どちらも犬が主人公です。当時、ノートに鉛筆で描いていた漫画は、
高橋先生の絵の影響を受けていました。
生まれて初めて描いたストーリー漫画は、探偵が犬に変身する話でした。アメリカ映画の『名探偵ベンジー』がすごく好きで。
少女漫画雑誌の作家は、画力が高く、ファンタジーの話を描かれる方が好きでした。
- CJ: 『流れ星 銀牙』は、アニメで観賞しました。キャラクターは犬ですが、心は人間そのもの。気がつかないうちに、
丸ごと感情移入されてしまっていましたね。さて、漫画家になる決心をしたのは、いつですか?
- KI: アニメをご覧になられましたか!感動です。今更ながらに気が付きましたが、あなたの仰る通り、心が人間そのもの、
眉毛のない犬なのに人間の表情をする犬達に、無意識に感動していたんだと思います。擬人化とは違い、
リアルな犬でも表情を描き分ける素晴らしさを、私は学んでいたんだと思います。
私が漫画家になる決意をしたのは、9歳の頃です。絵を描くのが好きで、どうしたらプロのように上手く描けるんだろう、
と疑問に思っていました。効果用の画材に、スクリーントーンというのがあって、細かなドットなどが印刷されている、
紙に貼る粘着性のもの(現在はパソコンソフト使用)なんですが、それを知らなくて、どうやって描くんだろうって、
そんな風に。そうしたら、「プロになれば上手く漫画が描けるんだ!」と考え、「プロになろう!」と決意しました。
上手く描けるようになってからプロになるのに、子供のときは単純な考えをしていたんですね。
決意したそのときに、同じく絵を描くことが好きだった姉を誘いました。そして姉も漫画家です。実は、その後に、
父親が昔アニメーター(『サザエさん』『ガッチャマン』等)で、漫画家を目指していた頃があったというのを知り、
父が画材を色々と揃えてくれたんです。
- CJ: 9歳ですか?私がその年齢の頃には、海外特派員になりたいと母に言ったようです。おそらく、NHKの報道番組を見ていて、
口に出たんでしょう。追求しなかったので、今は、そんなことを言ったこともあったなぁ、と懐かしく思い出すだけです。次に、
絵を描くトレーニングはどのようにされましたか?また、石山さんが影響を受けた漫画家はいますか?
- KI: すごいですね、海外特派員ですか。納得が行くような気がします。ドイツの話しになりますが、
ドイツの学校の制度は日本やアメリカと違い、10歳のときに将来進む道を決めて、それに合う学校を選びます
(現在はその制度を見直そうと言われているらしいですが)。10歳では早いかもしれませんが、案外、
その頃には子供自身で興味のあることを決められるのかもしれませんね。
トレーニングは…最初の頃は、好きな作家の絵をそのまま真似て描いていました。そのうちに自分の思うように描きたくなって、
とにかく納得行くようになるまで、思い描くものを描いて描いて描き続けました。ときには姉をモデルに身体の描き方などをデッサンしたりしました。
私は頑固な性格なので、納得なんて滅多にしたことがなくて、いつも苦しみました。
姉に才能があったので、姉のように描きたくて、よく真似ていました。けれど、自分だけの絵を描きたくなってからは、
誰の絵も真似ず、現実の人間を観察したり、写真を見たり、ハリウッド映画を観たりして研究しました。
- CJ: ハリウッド映画の影響って、興味が沸きますね。後ほど、お話くださいね。デビュー作品について、語ってください。
- KI: 一番最初に商業雑誌のコンクールに投稿したのは11歳の頃ですが、名前が載る程度でした。すぐに次も出しましたが、ちょっと順位が上がって、
参加賞を頂きました。中学に入って同人誌活動をしてから19歳の頃、別の雑誌のコンクールに投稿したんですが、絵を上手く描くことにこだわりすぎて、
応募雑誌の傾向に合わないと言われてデビューならず。漫画は読者が興味を持つ絵と話でなければならないんです。それがまだ理解出来ていなくて、
自分だけが満足出来る漫画になってしまっていたんです。
だから、肩の力を抜いて次の作品を描いてコンクールに出したら、デビュー出来ました。21歳のときです。自分の描きたいものが読者の読みたいものと
一致するわけではないという世知辛い世の中を知りましたが、今では、「いかに自分が描きたい話を読者に興味持たせるか」と、「いかに読者が読みたい話を自分が楽し
く描くか」というのを考えています。物事にはなんでも、バランスが必要です。需要と供給が一致しないと、モノが売れないのと一緒です。
話が戻りますが、ハリウッド映画の影響…そもそも昔の日本ではアメリカの映画のように大規模な映画を作る環境が少なかったのもあるのでしょう、
だから手の器用な日本人は、二次元…つまり、紙の上で空想の世界を表現する技術が発達したんだと思います。
リアクションが薄い日本人でも、紙の上のキャラクター達なら、外国人のように動くことも出来る。そして漫画家の先駆者達は、三次元で表現するアメ
リカの映画のような臨場感と世界観を二次元で表現するようになります。すると今度は、アメリカの映画監督達がアジアの漫画の表現を映画で描くようになったりして、
互いにおもしろい影響を与え合っているようです。
私は父の影響で海外映画が大好きで、小さい頃からよく観ていました。持っている漫画より、持っている映画のビデオ、DVDのほうが多いくらいです。
自分が表現する手段は漫画という二次元の世界ですが、考えている頭の中は常に三次元です。ちなみに、CGの専門学校を出ていますので、
CG映画も大好きです。CGアニメの卒業作品を作るに辺り、絵コンテを制作したんですが、映画のコンテ作りみたいでものすごく楽しかったです。
本当は映画の絵コンテを描きたいのかもしれませんね。
- CJ: ドイツでの創作活動について、お話しください。
- KI: 私かドイツに住み始めた当初は、まだ漫画の出版社が非常に少なく、私が契約した出版社もまだ設立され
ていませんでした。なので、ドイツで漫画を出版するなんて夢にも思っていませんでした。しかし、アメリカでも現在有名な、
TOKYOPOPがドイツで設立され、アメリカのTOKYOPOPと契約していた姉がドイツにサイン会に来たときに、その存在を知って、
チャンスだと思って作品を売り込みました。
そのときに描いた、グリム童話をアレンジしたオリジナルストーリーの漫画が、出版社に好評で、本を出版する契約を交わしました。
(『GRIMMS MANGA 』」の1巻と2巻。ヨーロッパを中心に10ヶ国語に訳されて出版されています)
なぜグリム童話を題材にしたかというと、漫画に親しんでいないドイツ人にも、受け入れて貰うためです。
まだ漫画は、内容はさておき、絵の良さばかりが優先されていた当時、私は内容も読者さん達に楽しんで貰いたくて、
とても気をつけて漫画を描きました。
日本の漫画には独特の表現があり、長い歴史の中で、読者がそれを理解しています。だから作家は漫画の中で状況の説明をしなく
てもいい場合があります。また、背景を描かず、顔だけを描く作家さんもいますが、それで十分読者に伝わることも多いです。
しかし異国ではそうはいきません。顔の表情だけで意志を伝えられるのは、日本だけのことで、異国では状況説明や言葉が必要なんです。
なので、キャラクターの心理を解りやすく表現したり、背景などもしっかり描き込んで、状況をちゃんと伝えることに努めました。
仕事の担当の方に、厳しくチェックして頂き、私が今までどれだけ日本で読者の理解に頼って漫画を描いて来たのかを思い知らされました。
おかげで、初心に帰り、とても技術が向上しました。
映画などを参考にしてきた自分の技術が活かされました。映画では普通、背景がありますからね。カメラワークを駆使して、
臨場感を出しますよね?あれを漫画で表現するのが、私は好きなんです。そしてそれには、人間の全身をしっかりと描くデッ
サン力が必要です。状況を説明し、キャラクターがどんな場所で何を感じているのかをきちんと読者に理解して貰うことによって、
物語が伝わりやすくなるんです。そして初めて、作品が伝えようとしているテーマやメッセージが読者に伝わるんです。もちろん、
台詞も大切ですから、翻訳をされる方の技術も大事です。
ドイツでは、やはり今でも絵を重視する読者も多くいて、それもとても嬉しいですが、私の漫画の内容に感動したと感想を言われると、
とても幸せです。
- CJ: ご主人と共に渡米して1年ですが、現在はどんな創作活動をされていますか?
- KI: 現在はまだ本格的な執筆活動をしていません。
ボランティアで、知り合いの方の子供達に、漫画や絵の描き方を教えています。
しかし、アメリカでも創作活動をしたいです。ドイツで出版した漫画の英語翻訳が出版されて欲しいですが、それとは別に今、
キャラクターを考えています。アメリカの出版業界に売り込みたいです。
- CJ: 日本、ドイツ、アメリカ3カ国の漫画事情について、一言ずつ語ってください。
- KI: 日本、ストレス社会のため、和んだり笑える内容が多いです。ドイツ、ドイツ人作家達の技術が向上しています。
アメリカ、本屋さんでアジアの漫画を見かけると、正直、嬉しいです。
- CJ: 将来への抱負は何でしょうか?
- KI: 絵や漫画に興味のない人達にも興味を持って貰えるように、誠意を込めて創作して行きたいです。漫画を軽んじる方もいますが、
絵が付いている物語が持つ多くの情報量と、創造性を理解して頂きたいです。そして絵を見る楽しさ、絵を描く楽しみを多くの子供達や大人
達に味わって貰いたいです。
- CJ: 今日は、お時間を割いていただき、ありがとうございました。石山さんの漫画に向かう姿勢、そして、抱負を語って戴きました。
ますます、グローバルな視点で創作活動をしてください。
【インタビューは、日本語のみで掲載させていただきますが、ご好意で英語に翻訳してくださる方がおみえでしたら、
ご連絡ください。尚、石山さんは、当ウェッブのArtist of the Monthにもなっていただいています。そちらも、
観ていただきますようにお願いします。
Chizuko Tsukamoto-Jaggard】